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龍之巣
※警告※ 本サイトには性的・暴力的描写があり、未成年者の閲覧を禁止します ※警告※
調教が崩れる時、戻る時、
 私(龍)が乗馬を始めて間もない頃、15年以上も前の話ですが、貸与馬(乗馬クラブ所有の借りてきた馬)に跨り駆け足の練習をしていた時の事です。

 その馬は少し癖の有る牡馬で、競技会ではジャンプ系の競技でそこそこの成績を収めるものの、乗りこなすのが若干難しい馬でした。私はそれを望んで乗っていたのですが、その日は当初からいつもより調教が崩れていて上手く乗りこなす事が出来ずにいました。

 調教が崩れる・・・とは、特に貸与馬で起き易いのですが、色んな人が跨りその都度命令の出し方が異なったり人馬の相性が悪かったり、或いは間違った乗り方をして、馬の側が混乱してしまい命令拒否や反抗を繰り返す様に成り、その状態が続いてしまう事を言います。

 つまり、当日、私が跨る前に既に数名が跨っていて、その際に跨った人が馬に拒否癖や反抗癖を付けてしまい、その状態のまま私はその馬を引き継いだ訳です。

 しかし、乗りこなす(と言っても駆け足の発進と継続ですから初歩の初歩であり、乗りこなすという言葉は適切ではないのですが)事が出来なければ、とうてい駆け足の練習など出来ませんから、何とかして崩れた調教を戻さないといけない訳で、つまり反抗癖・拒否癖を直して命令に従順な状態に戻す事を最優先しなければいけません。

 ですが、私には当時、二つのハードルが有りました。

 1つ目は、崩れた調教を直すには馬場の状態に無理が有った事。

 2つ目は、当時の私にはグダグダに崩れてしまっていた調教を直せる程の技量が有るか?と言えば、はなはだ疑問が有った(但し、やってみたい気持ちは有った)事です。

 馬場の状態に無理が有ったというのは、馬場馬術競技に使われる馬場の半分程度(つまり若干狭いスペース)の中に馬が5頭ほど居て隊列を組んで練習していた為で、その隊列を崩して独自に馬場内を駆けると他の4頭に御迷惑がかかってしまう為です。

 では、どうやって調教を直したかと言いますと、そのクラブ所属のインストラクター(つまり調教師)に御願いして直してもらいました(ちなみに海外で乗馬する際に貸与馬で同様の状態の馬に当たってしまった時、英語圏ではShe's/He's not ready.などと調教師に伝えると直してもらえます。相当の自信が無ければ、その馬に慣れている現地の人に直してもらってから乗った方が良いと思います)。私が依頼したインストラクターは女性でしたが、数多く居るインストラクターの中で私が最も目を付けていたといいますか、最もサディスティックでありながらも愛情にあふれた女性で、スポーティーで爽やかな印象のボーイッシュな女性でした。つまり、彼女の一面(主に調教の仕方)を見習いたいと思っていた訳ですが、恐らく私がM男だったら、それ以上のものを感じていたであろうと思います。

 彼女は、最初に馬場内の馬を全て外に出し(従って、その時に乗馬クラブに居た人々の注目を浴びる結果に成りました)、次いでその馬に跨りましたが、馬は早速反抗しようとしてあらぬ方向へ勝手に動き出そうとしましたが、彼女は一瞬の間を置かず短鞭をいつに無く3回強打、次の瞬間、馬は狂った様に勢い良く駆け出しましたが、この間およそ2~3秒であったと思います。彼女の素晴らしい所は、突然駆け出した馬の鞍にぴったりと尻を密着させていた事で、これはとても難しい事ですが、乗馬では最も重要な事でもあります。

 しかし、見所はその後で、彼女は暴走する馬を徐々に沈静させつつ、気迫のこもった拍車で明確な命令を出し、馬が命令に従う様に成るに連れて、いつになく多めに愛撫してあげていました。馬もそれに応える様に命令に従順に従う様に成り、次第に馬は口角に泡を溜めて滝の様に汗をかきながら活発に躍動的に動き出し、およそ10分程度でしたが馬の状態が見違える程に良くなっており、彼女が下馬する際には乗馬クラブ全体から拍手喝采を浴びていました。(ちなみに口角に泡は馬が手綱を受け入れ従順に反応している事を端的に表しています)

 ここで間違えてはいけないのは、新たに調教を加えたのではなく、元の状態に戻したという点です。

 さて、拍手喝采を浴びて注目の中、次に跨るのは当時の私ですが、乗ってびっくり、先程までとは別の馬かと思う程にキビキビと命令に反応してくれて、とても快適に練習が出来ました。

 この経験、私の中では乗馬というよりSMに応用しています。そのポイントは上記の中に多数有りますが、とは言えSMへの応用に付いては言葉で簡単に表現する事には難しい面もあり、ブログに記載するのは困難かもしれません。今回の記事の雰囲気から(といっても、私の下手な文章では、それさえも難しいかもしれませんが)調教が崩れる時の一つのプロセスと、それを戻す事がどんなものであるか汲み取って頂ければと思います。
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マイナス0.6度の傾き
スキャンした奇譚クラブの画像を見ていて気付いたのですが、
KK6006P06-2.jpg

右側のページがマイナス0.6度傾いて印刷されている物が多い様です。

試しに本を手に持ってページを開いてみますと、右から順に捲ってゆく際に、右ページ上側に若干力が入り、少し傾いて開いている(つまり下側より上側の方が開いている)状態に成りました。

この状態ですと、このマイナス0.6度の傾きが丁度良い具合に真直ぐに見えてきます。(もちろん個人差が有るでしょう)

とは言え、メチャクチャに傾いて印刷・製本されているページも有るので、当時そこまでの精度が出せる印刷・製本技術が有ったのか不明ですが、目次の様にページを跨った絵が有り、かつ1枚の紙を折って作られているページはページを開いた時の印象を大切にして細かな調節をしていたのかもしれません。

単なる印刷精度の問題かもしれませんが・・・
大槻ケンヂと絶望少女達 の 奇譚クラブとの関係
そんなの知るか!

以上・・・


しかし、筋肉少女帯は、マリリン・マンソンとは路線が異なりますが、和風と米風とを逆転すれば近い物が出来上がりそうな気もします。

大槻ケンヂは間違い無く奇譚クラブを愛読してますね。たぶん。
ブログ開設から一ヶ月が経過しました
ブログ開設から約一ヶ月(30日)が経過しましたので、統計情報など公開しておきます。

宣伝活動は行わずに、当初の開設趣旨に従って(SMPediaの編集ガイドラインに従った「検証可能なデータ情報源」として)情報提供の場としての役割を中心として考えています。個人ブログとしての体裁もありますので私(龍)の個人的なSM体験談やSM妄想も掲載しておりますが、あくまで情報源としての役割を主軸としております。

元々、SMに関するブログ開設の予定は有りませんでしたが、SMPediaの管理者様よりの要請に従って開設した経緯が御座います。従って、SMPediaの編集ガイドラインが最初に設定された5月24日の翌日に開設準備を始め、26日に開設、27日早朝に最初の投稿を行い、28日からアクセスログを開始しています。

いつも通り前置きが長くなってしまいましたが・・・

開設から本日に至るまでの一ヶ月間、毎日の訪問者数は少しづつ増えており、先日200人/日を超え500PV/Dayに成りました。

商業的には3,000PV/Dayを超えないと広告宣伝効果が見込めないと云われておりますから規模的にはその1/6という事に成り、まだまだ場末の個人商店といったところでしょうか。しかし商業的な意図は全く御座いませんので、こんなもので良いと思っております。

平成25年(2013)5月28日午前0時~6月26日午前6時53分時点で
のべ訪問者数2,144人、リピータ率60~73%、総PV数6,521です。

地域としては90%以上は日本からですが、ドイツ、イタリア、英国、米国、香港、フランス、デンマーク、リヒテンシュタイン、ニュージーランド、カナダ、など多数の海外の方々(もしくは海外在住の邦人の方)からのアクセスが有ります。

現在、Windowsパソコンからのアクセスが90%以上で、携帯端末からのアクセスは殆どありません(携帯端末向けのページを用意していない事も関係しているかもしれません)。
なぜBDSMは日本とドイツで盛んなのか?
掲題の通りですが・・・

このブログが停止したり、検索から除外された場合、今回の記事に不都合な真実が含まれている可能性があります。(と大げさに書いてみます)

現在、書きかけですが、編集しつつ公開していますので、この記事に興味を持たれた方は時々ブラウザの更新ボタンを押してみて下さい。

 最近、なぜBDSMが日本とドイツで盛んなのか?を考える様に成りました。アメリカでも盛んと云われていますが、アメリカに住んでいた経験の有る私(龍)は、そういった物を目にする機会が非常に少なく、非常に限定的な地域や人々のみではないかと感じていました(ぐるっと大陸を一周しながらでしたので州の数で言えば半分以上、大都市は全て滞在した経験があります)。

 ドイツでの戦後の風俗は私(龍)は全く知りませんし調べてもいませんが、それを知る機会を逃した事があるのも事実です。これから少しづつ調べて追記してゆこうと思います。

 それはさておき、本邦に於いては戦後間もないポツダム宣言受諾の2年後という非常に混沌とした時代に、GHQ占領下の日本で奇譚クラブが産声をあげました。当時、全ての出版物はGHQにより内密に検閲(検閲している事を悟られない様に検閲する事を重視)されており、戦前の政策を肯定する言論は封殺され、同時に平行して贖罪意識を植え込む為の多数の広報活動(その具体例1具体例2)が行われていました。この事は当時は最高機密とされていましたが現在は国会図書館にて閲覧可能な命令書(JCS1380/6SCAPIN-16SCAPIN-33)などの文章(かつ、これは氷山の一角)に残されています。
 従って当時の奇譚クラブの内容も(読者に悟られない様に)GHQによって検閲を受け、占領軍に好意的かつ戦前の文化を否定する方向に誘導されています(当時は、その状態が『表現の自由』とされており、当時の憲法にも検閲の禁止が条文化されていますが、実態は既に書いた通りです。当時検閲を受けた雑誌は日本国内だけで1万3千種あり、この資料が戦後メリーランド大学に資料として保管されていた事が知られています)。
 占領軍による検閲の事実は、プレスコード郵便物に対する検閲を終了させる法律などからも明らかです。

 
否定の方法は直接否定するのではなく、性風俗と絡めて別の方向に誘導する事が効果的な手法(3S政策:Screen/Sports/SEXのうちのSEX)とされており、例えば奇譚クラブに当時掲載された『貞操特攻隊の悲劇』の様な判り易いタイトルのものまであります。これは不都合な人を社会的に抹殺する際の手法の一つ(性犯罪者に仕立てて吊るし上げる)と類似している事からも判りますし、慰安○問題からも同様の傾向を感じとる事が出来るでしょう。

 こういった手法は、当時のAP通信社編集局長Byron Price(1891–1981)が主導的立場と成って世界規模の情報統制(検閲とプロパガンダ)に関する枠組みを作り、具体的手法は、当時スタンフォード大学教授で洗脳・催眠の専門家・第一人者であったErnest Ropiequet Hilgard (1904-2001)が日本に召喚されていますが、彼によって考案された一連の贖罪洗脳プログラムの一つ、つまり、戦争の責任は全て日本人にあり、日本人は再発防止に努めるのみでなく、同時に罪を償わなければいけない=具体的には賠償金を恒久的に支払い続けなければいけないという意識付け・動機付け・方向付けの一つになっていた様です。

 その後、GHQによる占領は昭和27年4月末日まで続きましたが、この月はちょうど奇譚クラブのB5版の最終月で、サンフランシスコ講和条約の発効と同時に奇譚クラブはA5版へと移行しSMへの傾倒が加速、同時にしばらくの間は戦争と性風俗を絡めた話題が継続しています(戦争の話題はすこしづつ紙面から減ってゆき構成全体がSMに塗り替えられてゆきます)。

 そして、売名行為ではないか?とさえ思えるタイミング(半年後、2年後、3年後)に発禁処分(前者2回は発売頒布禁止処分、後者は発行禁止処分)を受けて一旦休刊しますが、出版社を替えて白表紙時代に突入し有名な『家畜人ヤプー』が紙面に登場します。この『家畜人ヤプー』は三島由紀夫が評価した事が喧伝された為に有名に成りました(理由は後述)、『家畜人ヤプー』の世界観は別の記事で既に書いていますが、視点を変えると白人が絶対的存在であり日本人は遺伝子レベルで家畜という設定の世界で、その点に付いて非常に詳細な記述が有りますが、日本が二次大戦に突入したのは(白人社会からの)植民地化・奴隷化を回避する為ですし、日本が連合国から離脱した理由は日本が提案した(白人絶対視の)人種差別撤廃案が否決された為ですが、これらの時代背景を真正面から否定する設定の世界観に成っている事が特徴と言えます。加えて女性上位である事も特徴と言えますが、つまり男の強さ(具体的には武力)は女によって抑止されるべきとする内容で、これをマゾだからという名の下に肯定して公開しています。

 三島由紀夫曰く「この小説で感心するのは、前提が一つ与えられたら、世界は変るんだということを証明している。普通にいわれるマゾヒズムというのは、屈辱が快楽だという前提が一つ与えられたら、そこから何かがすべり出す。すべり出したら、それが全世界を被う体系になっちゃう。そして、その理論体系に誰も抵抗できなくなってしまう。もう政治も経済も文学も道徳も、みんなそれに包み込まれちゃう。そのおそろしさをあの小説は書いているんだよ。」と、その恐ろしさを三島由紀夫の様に明確に感じ取って読める人がどれ程いるのだろうか・・・

 この様にして戦後日本におけるSMの基礎を作った奇譚クラブが誕生し30年に及ぶ長きに渡って出版され続け、そこから巣立った人々によって日本のSM界が構築されたと言っても過言ではないでしょう。いや、その通りでしょう。恐らく・・・つまり奇譚クラブの成功がBDSMが日本で盛んになった理由でもあると思う訳ですが、では、同時に出版されていた数あるカストリ誌が消え行く中、どうして奇譚クラブが存続出来たのか?、出版社を3度変え(それだけ会社を潰し)ながら出版し続けたその異様とも思える圧倒的な企業体力は何処から来たのか?その体力の源泉となったもの(つまり、吉田稔=株で儲けた・・・)が、どこまで真実で、どこからが別の源泉なのか?を探求する事で、誰が日本にSMを仕掛けたのか明白に成ると思います。二次的には須磨利之である事はほぼ確実と言えそうですが、須磨利之に強力な動機付けと体力=(直接又は間接的に)資金提供していた人物・組織が特定出来れば日本にSMを仕掛けた意図も明白に成るでしょう。彼は元薩摩藩士の家柄で大正生まれ京都在住(家族が維新後京都に移住)という事からも何らかの政治的な繋がりを匂わせています。しかし、或いは彼が心底SMに入れ込んで、経済的なものは二の次だったのかもしれません。そこに共感する読者や視聴者が大勢居た事が、つまりは資金提供という形に成ったのかもしれません。

 また、吉田稔から奇譚クラブを受け継いだ賀山茂は、同名の雑誌では成功とは言い難い状況で収束していますが、同じく奇譚クラブを冠した一連のSMビデオシリーズで一定の成功を収めており、その本数で他のSMビデオを圧倒している事も特徴と言えそうです。経営的な視点で見れば雑誌からビデオに転向しているのは時代の流れにそったものとも言えそうです。また、賀山茂の賀茂氏とのつながりも少し気に成っています(偶然、字が似ているだけかもしれませんが、意識して命名されている様に思います)。

 ところで、掲題に有ります通り、ドイツでBDSMが盛んになった理由も探求してゆきたい訳ですが、現時点では、戦時体制下に於ける抑圧と敗戦による(検閲された)開放というプロセスが両国で起きた事が要因ではないか?と思っています。ドイツの場合は御存知の通り東西分裂(ドイツ人自身は東西分裂とは言いませんが)状態が長く続いた事が、どの様にSMに関係しているか(もしくは関係していないか?)も含め調べてみたいと思います。

 東ドイツの性科学研究所という国家機関が日本の「奇譚クラブ」を性文献資料として収集していたという情報を得ました。これが事実なら、この事と、ドイツでBDSMが盛んな事が関係しているかもしれませんね。
白表紙時代の謎
 奇譚クラブを有名にし、かつ根強い人気を定着させた一つの出来事として、度重なる当局からの発禁処分にも関らず、出版社を変えるなどして発行し続けた勢い、活力、或いは執念の様なものに対する共感・賛同・賞賛の気持ちなどが有ったのではないでしょうか?

 発禁処分を受けた曙書房最後の奇譚クラブ
 昭和30年(1955)5月号(通刊第80号)『特大号』
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その最たるものの一つとして、白表紙時代が挙げられます。

 この白表紙時代の本誌は、奥付け右側に記載されております通り、基本的に書店での店頭売りをしておりません。その為に客引きの為の目立った表紙カラー印刷(当時は印刷コストが馬鹿にならなかった)を廃し白表紙にしていたと思われます。この点に於いては限定版(通販限定の特集号)とも共通するポリシーが有る様に思われます。

厳密には、発禁処分を受けて天星社に鞍替えして最初の号

 昭和30年(1955)10月号:復刊第1号(通刊第81号)奥付
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  から
 昭和34年(1959)9月号:復刊第48号奥付
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までの4年間は一切の店頭販売を行わず』(と奥付け右側に書いてあります)。

 昭和34年(1959)10月号:復刊第49号奥付
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  から
 昭和35年(1960)5月号:復刊第60号奥付
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までの半年間は通販主体で白表紙のまま書店での店頭販売を徐々に再開し、翌月、

 昭和35年(1960)6月号:復刊第61号(通刊第141号)奥付
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からは表紙をカラーに戻して通常の書店での店頭販売に戻している様です。

では、白表紙時代どうやって販売していたのでしょうか?

と言うのが今回の御題です。

 発禁処分を受けた際に、天星社に鞍替え(というか奇譚クラブを再出版する為に会社を新しく興している)した後は、社名も住所も異なりますから、今迄書店で購入していた方々は出版社への連絡手段さえ判らない状況であったのではないでしょうか?(但し白表紙の復刊第一号奥付左側に、曙書房への郵便物及び送金は全て天星社に届く旨記載が御座いますので、発禁や天星社への鞍替えを知らずに注文書を郵送しても購入出来たと思われます)

その中で想定される販売ルートとして、
1:既存の顧客に通信販売していた
2:時々臨時増刊号を店頭販売する事で販促につなげていた
3:口コミ


 の3つのルートが考えられますが、臨時増刊号の店頭販売は昭和33年(1958)1月まで行われていませんので、少なくとも白表紙時代の最初の2年間は既存顧客と口コミだけで販売していた可能性が有ります。逆に昭和33年(1958)1月以降は臨時増刊号を連発していますので、臨時増刊号(カラー表紙で店頭売りされていた)による本誌販促が期待以上の効果をあげていた可能性が有ります。

 他のルートとして想定されるのは一部の書店を通じての注文販売で、それまで店頭販売にて購読していた読者が、書店で奇譚クラブ本誌に付いての問い合わせをした際に、店頭には並べないが注文販売という形で店頭での受け渡しが行われた可能性があります。その根拠は雑誌コード(IBMナンバー)が復刊第3号から復活している事で、これにより出版社や住所が変わっても、雑誌の流通ルートを使って書店から注文する事が可能になっています。逆に言うと、出版社の社名と住所が変わったにも関らず同一の雑誌コード(IBMナンバー)を継承出来たのは出版業界での権利関係の引継ぎ問題や取次ぎ行為自体が復刊第3号の時点で解決していた事を意味し、かつ、雑誌の流通ルートを使う意図が天星社側にも有った事を意味していると思われます。もしそうでなければ雑誌コード(IBMナンバー)を復活して刻印する手間隙を掛ける意味がありません(無断で刻印していた可能性も有るのかもしれませんが、それをしてしまうと書店からIBMナンバーによる発注が有った際に問題が頻発して直ぐに発覚している筈です・・・)。
 しかし発行禁止処分を受けた(つまり、事実上の廃刊に追い込まれた)事の対策として別会社から同名の(しかし別の)雑誌として出版しているならまだしも、同じ雑誌として同一IBMナンバーで再出版する事が出来た事は異例であり、発行禁止を覆したとも言える訳ですから、その政治力と執念に関心するばかりです。
 ちなみに、奇譚クラブで雑誌コード(IBMナンバー)を最初に刻印して出版したのは発禁の僅か2号前に当たる昭和30年(1955)04月 通刊第79号ですから、示し合わせたかの様な予定調和の様なものを感じます。

 もう一つ、正規ルートとは言い難く当局の発禁処分を回避する為の方策として(全体に占める割合として、どの程度か判りませんが)天星社から古書店に新古本としての扱いで直接卸していたのではないか?とも云われております。但し、もしそれを主な販売ルートとしていたのであれば白表紙ではなくカラー表紙にしていたのではないか?という疑問が湧きますし、そもそも奥付には書店での販売は一切しませんとうたっている以上、その天星社が自ら(古)書店に卸すのか?という疑問もあります。昭和34年(1959)10月号以降の白表紙は書店に卸していた形跡が有りますので、その頃からは、そういった販売形態もとられていたのかもしれません。(その辺りをご存知の内部関係者の証言が有れば、もう少しハッキリしてくると思いますが・・・)

 一度、白表紙を入手すれば、そこから天星社の住所を手繰ってバックナンバーや予約注文をする事が出来ます。

 その為に振込用紙が白表紙時代に(昭和33年(1958)5月号で中止されるまで)は本誌に添付されていました。

 いづれにしろ、この白表紙時代4年半を乗り切って発行し続けた事が不思議なくらいに強力な意思(と伴に別の何か?)を感じます。凄いですね。
直高的 奇譚クラブ
今回は奇譚クラブの表紙をそっくり真似た同人誌を紹介します。

直高的 奇譚クラブ奇譚クラブ本誌の表紙比較
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SMPedia:その後の奇譚クラブの項に同人誌の欄を作って記載しておきました。
類似の同人誌が見付かれば追記してゆきたいと思いますので、コメント下さい。

女性向けBL同人誌ですが、SM作品でもある為、SMペディアへの掲載も問題無いでしょう。

タイトルの“直高的(なおたか)”とは炎の蜃気楼に登場する直江(直江信綱)が攻め(責め)側、高耶(仰木高耶)が受け側の設定で妄想を膨らませたボーイズラブ(言い換えれば男色や男娼)を省略して表したもので、より判り易い様に表紙左下には『炎の蜃気楼 直江×高耶』と明記されています。

以前の記事にも書きましたが、BL系というか“やおい”系同人誌は、そもそも奇譚クラブ(特に四馬考の絵など)に非常に似た特徴が有り、奇譚クラブの影響を受けた物は他にも多数有るのではないかと思われます(この作品は短編小説3作品+漫画1作品で構成され、P70には四馬考画と非常に似た特徴を持つ女性向けの実用的な絵が挿入されています)。

ところで余談ですが、第四表紙(裏表紙)には“KITAN CLUBU”と書いてありますが、
NTKK0802P116.jpg
カストリ時代の初期に“KITAN CLABU”とスペルミスしていた時期が有った事へのオマージュかもしれませんね。
KK2304P36.jpg
昭和23年(1948)4月 新緑増大号 第四表紙

こんな小細工までして頂けるのでしたら、どうせならページ番号のカウント方法や目次デザイン、奥付まで徹底的に似せてくれたら感動してしまって愛読書としていたかも?
消えた奇譚クラブ臨時増刊号
奇譚クラブ 昭和33年(1958)3月号 P165
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この様に、3月号の広告として同年2月中旬発売予定の臨時増刊号[予告]が掲載されておりますので、タイミング的に既に準備万端整っている筈で、後は販売するだけの状態で予約販売広告が成されています。

しかし、この年の2月~6月迄に臨時増刊号が発売された形跡がありません。
出版されていない事は通刊番号や巻号によって明らかなのですが、こんな状態で急遽中止されたのは何故でしょう?

こういったタイミングでの予約販売は、市場調査(つまり予約件数から全体の売り上げ予測を立てる)であって、印刷機を回す回数を決める為のものだと思いますが、とは言え編集作業なども行っており表紙デザインも決定しているでしょうから、予約数が少ないからといって発売しないという事には成らないと思いますし、そもそも長期連載しており人気のある作品ですから予約数が少ないとも思えません。

しかし、その答えは、翌4月号本誌巻末に掲載されておりました。
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家畜人ヤプー』特集の臨時増刊号が登場しなかったのも同じ理由かもしれません。とてもプライドが高く拘りのあるMですね。それは、そのままM性の深さにもつながりますので此れを御せる人物にとっては手放したくない物に成りそうです。

しかし、ネット社会の現在でしたら予約した人に対して何ら了承を得ずに代替として四月号を送る事は無いと思われますが、当時は大らかな人が多かったのかもしれません。

では、その代わりの単行本はと言いますと、この約十二年後の昭和45年(1970)12月に『ある夢想家の手帖から』と題して都市出版社から丁寧に製本された単行本が発行されており、その単行本の巻末には天星社に対する御礼の言葉などが添えられています。なぜ12年後に成ってしまったかは著者の細部に渡るこだわりからではないでしょうか?商業的には同年発売された『家畜人ヤプー』単行本に便乗したという見方も出来ます。
一方的なサディズム映画
 SM映画ではありませんが、私(龍)が今迄観てきたどのSM映画よりもサディスティックであると感じた映画を御紹介します。

 相手の女性がM女ではない為に一方的なのですが、サディスト男性による相手の女性に対する想いが動機となり全ての発端となっている為に一方的なサディズムとしてみました。

 今回掲載します2作品は被虐に遭った女性から加虐した側の男性に対する復讐劇であり、復讐する女性が主人公で、かつその復讐を困難にする圧倒的な力をサディスト男性が持っているという共通点が有ります。結末まで同じですから、元ネタというか骨子が同一の何かを取り入れているのでしょうね。

 私は色々な視点で観ましたが、もちろん加虐した側の男性視点でも観ています。脚本家まで視点を引いてしまうと商業的なものまで見えて醒めてきますが、加虐した側の男性視点がサディストにとっては一番楽しめるのではないでしょうか?

Kill Bill
 実写のエンターテイメント作品であり架空の世界観上に展開される物語ではありますが、私(龍)の様にアメリカに住んでテンガロンハット(カウボーイハット、アメリカで乗馬している人は単にHat:ハットと言う)をかぶって乗馬していた経験のある日本人なら色んな意味で楽しめる作品ではないかと思います。ハットをかぶる意味を知っているだけでも見え方が違ってくると思います。加えて、特に私は交通事故後に主人公と似た体験を数多く経験している為、それはもう観るに耐えないくらいに楽しめました。フィクションと私自身の現実の体験記憶の間を往復しながら何度も観てしまいました。ホラー的でもあり、不思議なリアリスティックも有ります。
 普通の人には冒頭シーンから観るに耐えない作品ではありますが、Billの強烈なサディストとしての・・・ネタばれしてしまうので、これ以上は書きません。

BLOOD-C The Last Dark
 CLAMPによるBLOOD The Last Vampireの書き直しアニメですが全くの別物でもあります。CLAMPが女性集団である事は映画を観るにあたって予備知識として抑えておいた方が良いと思います。
 この作品はBLOOD-Cというテレビアニメの続編でもあり、目覚める前と後という違いが有り、この映画を観るにあたってテレビアニメは前振りとも言えます。アクションシーンが攻殻機動隊に似ている事やCLAMPとBLOODの係わりなども含め藤咲淳一が関係しているかもしれませんが、この点をここでは深堀しません。
 同じくCLAMPのXXX HOLiCに登場するオッドアイの主人公も(テレビアニメの時から)時々登場しますのでXXX HOLiC籠を観た(読んだ)経験の有る人なら理解が進むと思いますが、逆に意外に感じるとも思います。それにこの大量の血液は文科省の御墨付きが有るのが不思議なくらいの流血っぷりです、日頃から経血を目にしている女性だからこそ描ける絵かもしれません。ギモーブの設定なども、とってもサディスティックです。

 しかし、人は日頃から牛肉や豚肉や鶏肉などを大量に食べている事を考えると色々考えさせられます。卵料理などは、その最たるものですね。それを意識しているか否かは別として、その多くは受精していないとは言え生まれる前の命を食べる訳ですから・・・
SMにおける責めと、拷問の違い
一言で言ってしまえば、性的興奮を伴うか?

冒頭の一行で解決してしまいましたが・・・

ですが、一方的に興奮した場合は、他方の視点で見れば拷問という事に成りますから興醒めです。

やはり私としては一方的な形ではなく、被虐による相手の興奮が高い程に私も興奮度が高まりますので、そういった関係がベストです。縛ったり叩いたりしても何も反応しない相手は、つまらないものです。とは言え芝居をされても醒めてしまうだけなので、本物のマゾか、少なくとも素質が無いと相手をするのは難しいでしょう。

ここで問題に成るのは精神面と肉体面です。精神面をここであえて割愛しますが、肉体面では責め方の方法や強度などで、例えば軽い縛りでも被虐感を感じられるならそれで十分ですが、軽く縛っただけでは何コレ?で終わってしまう子もいます。その境界線をつかむのは中々難しいものがありますし、M女には私のそんな苦労は多分理解出来ないでしょう。

しかし、必要以上の加虐は相手の限界点を超えて拷問に成ってしまう可能性がありますので、何でもかんでも強くすれば良いという訳でなく加減が重要でしょう。但し拷問される事で始めて被虐感を感じて興奮する様な相手は中々厄介です。そういう子は、たった数回の、或いは1回だけの記憶で一生過ごせるのかもしれません。
私の場合、拷問に成ってしまうと精神的に数分も持たないでしょうし、過去の経験では一瞬で醒めてしまい素に戻って普通に相手を心配してしまいます・・・ところで、私の定義する拷問というのは、性的な興奮を伴わない虐待行為ですから、こういった状況は拷問ではありません。

例えば肉体的な限界点が低く、精神的な境界点が高い子は厄介です。具体的には、肌が弱くて軽く縛っただけで水ぶくれが出来て爛れてしまう様な肌質にも関わらず雁字搦めにして鞭で強打しないと感じないM女は中々厄介です。楽しいですけどね。

とにかく反応があれば、こちらも高揚し、相乗効果で体力の限界まで何時間でもということもありますが、どちらかの体力が不足していると精神的には満たされないまま終わらざるをえない場合もあるでしょう・・・

白目を剥いて気絶した後に目が覚めてから「これだけ?もう終わりなの?」を何度も繰り返す様なM女も居ますが、気絶した自覚が無いのも厄介ですね。たぶん途中からの記憶が無い為、中途半端に感じている時の記憶の次の瞬間が目覚めた時なんでしょうが、実際は記憶を失うくらいの絶頂感を何度も味わっている訳です・・・・
縲美苑
奇譚クラブには、非常に数は少ないのですが限定版特集号(特別号)というものが第1弾~第4弾までの合計4冊有ります。詳しくは奇譚クラブ一覧を参照下さい。

その中で異色に見える『縲美苑』というタイトルの第4弾の存在が確認されています。

これを公開されているくろねこさん曰く、海賊版ではないか?との事で私もその可能性は高いと思いますが・・・

仮定として、もしこれが海賊版ではなく、ちゃんとした出版物だとしたら?を考えてみます。

海賊版と言われる事に成った経緯として『別冊奇譚クラブ特集号』の存在が挙げられます。

この号は、縲美苑と内容が同じです。

そして、もう一つの特徴として、別冊であると同時に限定版でもあるという事です。

流れとしては(クリックすると拡大)
KKBGROOTN.jpg
この様に、別冊と限定版が4号目で統合されたのですが、系統図の表紙デザインを見ると斜め上矢印であったなら限定版系統にはデザイン的な違和感が有り、逆に、『縲美苑』はそれまでの限定版的デザインを踏襲しています。

つまり、何が云いたいかというと、表紙デザイン的に見て限定版側の第4弾が『縲美苑』である可能性があるのではないか?という訳です。

実用面を考えますと、通販限定の限定版は表紙をカラーで飾る必要が無い訳で、当時のカラー印刷コストを考えますと印刷コスト削減の意味からも、モノクロ印刷の表紙であった方が安価に製造できるメリットが有ります。

反証としては『縲美苑』なるタイトルの広告が何処にも無い事ですが、その更に反証としては、2種類印刷したが通販に限ってはどちらを出荷しても良い様に『縲美苑』のタイトルを広告から伏せておけば在庫を掃きやすいメリットが有りそうです。

では何故『縲美苑』というタイトルを付与したのか?そこが最大の謎です。

巻号一覧:

---別冊奇譚クラブ---(雑誌コード/IBMナンバー記載なし)
第1巻第1号昭和35年(1960)10月『別冊奇譚クラブ 秋冷新星号 「告白、手記、体験」特集』
第1巻第2号昭和35年(1960)11月『別冊奇譚クラブ 十一月特選号 特異小説「淫火」「狐灯」』
第1巻第3号昭和35年(1960)12月『別冊奇譚クラブ 「マゾヒズム特集号」』
第2巻第1号昭和36年(1961)01月『別冊奇譚クラブ特別号』(限定版特別号)

---奇譚クラブ限定版特集号・特別号---(IBMナンバー2805,第4弾記載なし)
第1弾 昭和34年(1959)2月『緊縛フォトアラベスク』略号「あらべすく」
第2弾 昭和35年(1960)2月『緊縛写真と緊縛画集』 略号「緊縛」
第3弾 昭和35年(1960)?月『緊縛写真グラフ集』  略号「グラフ」
第4弾 昭和36年(1961)1月『別冊奇譚クラブ特別号』略号「別特」

ところで縲美苑とは直接関係ない話ですが、
-別冊の創刊号と最終号表紙-
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創刊号では、二人が一つの王冠の上で相反する方向を向きながらも手をつないでいる絵。
最終号では、一人の男性に二人が歩み寄っている絵。

が描かれています。

これを私なりに解釈しますと、
創刊号はSMという同じ土俵(王冠の上)で本誌と別冊に分かれた(視線が逆を向いている)けど仲良く(手をつないで)やって行こうねという意味。
最終号では別冊と限定版が本誌(男性)に統合(歩み寄り)、これからは一緒に楽しみましょうという意味。
まぁ、深読みし過ぎかもしれませんが・・・
劇画と絵画と漫画の境界線
 先日、私が「海野やよい」の漫画をM女の視点を理解する目的で可也以前から愛読している事を知り合いに伝えましたところ意外だった様で驚かれました。

 「海野やよい」は自他共に認める真性M女であり、もちろん商業誌の漫画家ですから(私の様に脳内垂れ流しではなく)好き勝手に書いている訳ではなく編集部の意向などを取り入れて描いているのですが、ともあれ、そこに真性M女の業が滲み出てくる訳で、それを私は拾っている、つまり絵を見ている訳ではなくストーリーや、その奥にある真性M女の想いを読もうとしています。

 それはさておき「海野やよい」から数十年遡って奇譚クラブの時代に付いてです。

 今回のお題に書きました劇画とは漫画の一分野であって絵画又は絵画調の絵で描かれた漫画の事だと解釈しています。

 では、奇譚クラブに毎号の様に登場している四馬孝の作品は劇画なのか絵画なのか?という疑問が湧いてきます。

 絵画と劇画の違いは、絵が主か、ストーリーが主かの差ではないか?とも思いますが、氏の絵にはストーリーが付される事が多く、そのストーリー有っての絵でもあり、そのストーリーが絵に凝縮しています。

 仮に劇画であるとするなら漫画でもある訳で、雑誌への個人からの投稿という形ですから今で言う同人的な漫画という解釈が成り立つのではないでしょうか?

 ところで、現代の同人誌で“やおい”と呼ばれる分野が有りますが、その元の意味はま無しち無しみ深長or無し構成(女性向けの実用的な絵がメイン)の漫画やラノベの事で主にBL(ボーイズラブ:言い換えれば男色や男娼)的な絵(だけ)で構成されたものです。その多くは少女マンガに登場する様なイケメン風の鋭角的な線で描かれた男性が絡み合ったものですが、より劇画的というか絵画的な絵も多く見受けられます。

 つまり、四馬孝作品と“やおい”同人誌の違い、境界線は何か?というのが今回のお題です。もちろん男性向け女性向けの違いは有るでしょうが、そういう事を云いたい訳では有りません。“やおい”作品にはSM的な表現(多くは首輪&リードロープ)なども多数登場します。

 もっとストレートに云うなら実用メインの劇画風でSM的表現を含んだ絵を中心とした作品集という点で四馬孝作品と“やおい”系同人誌は非常に似通っているというか、一つの側面から見れば全くイコールではないか?とも思う訳です。

 例えば、やおい系同人誌を見る時には、どちらが攻め側で、どちらが受け側なのか関係が最重要視されますが、これが途中で逆転するのは好まれません。同様に、書くまでも無く四馬孝作品ではどちらが責め側で、どちらが受け側なのか明確であり、立場が逆転する事は(私が知る限り)有りませんでした。四馬孝作品にはM女だけを描いたものも多数ありますが、そこには「誰かによって拘束された」という前提があって初めて成り立つ絵ですから、その誰かを自分自身や依頼を受けた調教師などに置換するなどして楽しむ事が前提な訳で関係を重視している事に変わりありません。

--書きかけ--
サド と マゾ の定義
根本的で基本的な事ですが、サドとマゾに付いて改めて真剣に、真面目に考えてみたいと思います。

サディズム(Sadismus)やマゾヒズム(Masochismus)と言った言葉は、ドイツのRichard von Krafft-Ebing/エビング男爵という精神科医による造語で、彼の著書に記載されたのが発端となる精神医学用語です。

世界保健機構(WHO)による疾病及び関連保健問題の国際統計分類(略称:ICD)第10版には以下の記載があります。
 第5章 精神および行動の障害
  1-7 成人の人格及び行動の障害
   F65 性嗜好障害
    F65.5 サドマゾヒズム

日本では総務庁告示及び厚生労働省の規定により、このICD第10版を採用し分類しています。

しかしアメリカでは事情が異なり、WHOとは別にアメリカ精神医学会が独自に作成した Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (略称:DSM) という精神障害の診断と統計の手引きがあり、1987年版DSM-III-Rにはサディズムが精神障害として診断方法と伴に記載されていますが、次の1994年版DSM-IVで削除され、最新版DSM-5が今年2013年に発表されましたが、サディズムは削除されたままとなり、1994年以降のアメリカではサディズムの定義が曖昧(又は未定義)な状態が続いている様です。1994年の改訂ではWHOのICDとの整合性をとるための改訂のハズですがICDに記載のあるサドマゾに付いてDSMでは削除されたのはアメリカらしい事情が有るのではないかと推測します(例えばサディストである事を公言すると精神病院に強制的に入院させられてしまうので困る人々が居るから・・・など)。

さて、以下では、可能な限り短い文章で、かつ可能な限り的確にサド・マゾを説明してみます。
※この頁には元々、思慕、畏怖、愛玩などの感情に付いて上手く表現できていない旨を記載しておりましたが、愛慾という言葉を追記する事で上手く表現できたと思っています。



サド
 1)Donatien Alphonse François de Sade/Marquis de Sade/マルキ・ド・サド/サド侯爵本人
 2)加虐性欲者/加虐愛慾者
   (精神的 and/or 肉体的)苦難を与える事で性的に興奮,或いは愛慾的に喚起される人
 3)フロイト説
   自分自身にされるだろうと恐れていることを他者にすることができるときのみ性的喜びを遂げることが出来る人

サディズム
 1)加虐性欲/加虐愛慾(サドの項を参照)

サディスト
 1)加虐性欲者/加虐愛慾者(サドの項を参照)

サディスティック
 1)加虐性欲的/加虐愛慾的な様子・表現・ニュアンス

真性サディスト
 1)疑いようのないサディスト
 2)強烈なサディスト、ハードな加虐を好むサディスト

ドS
 1)強烈なサディスト、真性サディスト
 2)SMに詳しくない人が攻撃的・能動的な人に使う形容詞(形容動詞/ナ形容詞)


 1)サディスト
 2)SMに詳しくない人が攻撃的・能動的な人に使う形容詞(形容動詞/ナ形容詞)



マゾ
 1)Leopold Ritter von Sacher-Masoch/レオポルト・フォン・ザッハ=マゾッホ/マゾッホ伯爵本人
 2)被虐性欲者/被虐愛慾者
   (精神的 and/or 肉体的)苦難を受ける事で性的に興奮,或いは愛慾的に喚起される人
 3)フロイト説
   性交についての不安や罪意識によってオーガズムが妨げられており、それらが自身の苦痛や罰によって軽減される人

マゾヒズム
 1)被虐性欲/被虐愛慾(マゾの項を参照)

マゾヒスト
 1)被虐性欲者/被虐愛慾者(マゾの項を参照)

マゾヒスティック
 1)被虐性欲的/被虐愛慾的な様子・表現・ニュアンス

真性マゾヒスト
 1)疑いようのないマゾヒスト
 2)強烈なマゾヒスト、ハードな被虐を好むマゾヒスト

ドM
 1)強烈なマゾヒスト、真性マゾヒスト
 2)SMに詳しくない人が被虐的・受動的な人に使う形容詞(形容動詞/ナ形容詞)


 1)マゾヒスト
 2)SMに詳しくない人が被虐的・受動的な人に使う形容詞(形容動詞/ナ形容詞)


--定義はここまでとして、以下、解説の様な脳内垂れ流し--

注意すべきは、視点によって解釈が異なる事だと思います。
同じ物や同じ行為であっても、それを見る人の視点によってサディスティックにもマゾヒスティックにも或いはSMではない虐待や暴力として映ることにも成り得ると言う事です。

私に寄せられる相談のなかに「『お前はMじゃない、Mとはこういうものだ』と言われたのですが、それが出来ない私はMじゃないのでしょうか?」とか「『苦痛系ですか?服従系ですか?』と聞かれてよく判らなかったのですが、私はどっちですか?」といった相談がありますが、はっきり言って第三者によるそういった投げかけはM女性が混乱し変な影響を与えてしまうだけで百害有って一利無しです。

重要な事は、当事者本人加虐被虐によって性的に興奮,或いは愛慾的に喚起される事が条件ですから、
 1)愛を伴わない性欲だけのSMもある
 2)一方的なサドや、一方的なマゾもある
 3)本人がSMだと感じても第三者視点でそうとは限らない(逆も然り)
 4)サドとマゾの両方の資質を同時に兼ね備える場合もある
という事に成り、本人ではない第三者の意見は全く関係ありません。

自虐行為を行う人は、両方の資質を備えている可能性が高いと思います。もしくは元々マゾヒストであった人が、責められたい衝動に駆られてやむなく別人格を自己の中に作り出してしまった可能性もありそうです。

一方的なサドは性犯罪者として実刑の対象に成り得る点で、最もアウトロー的と言えそうです。
一方的なマゾは公衆の面前で猥褻物を披露したり、一方的に主と決めた相手をストーカーしない限り違法性は無さそうです。

 別の視点からは、例えば、好戦的で攻撃的な人であっても性的或いは愛慾的にはマゾである可能性が有り、逆も然り、平和的で穏健的な人であっても性的或いは愛慾的にはサドである可能性もありそうです。例えば前者は反撃や罰を期待して攻撃してしまうM、後者は自分への攻撃を恐れて自制的・穏健的に振る舞い、その捌け口としてサディストに変貌するといった事が有り得ると思います。
沼正三 の ID真っ赤 事件
 ID真っ赤 とは“にちゃんねる”等の掲示板で自己擁護やそれに伴って相手を攻撃する投稿を繰り返す行為に対して使われる事が多いと思います。
(私が書くまでもなく「ID真っ赤」でネット検索すれば多数ヒットするので、より詳しく知りたい方はネット検索して頂ければと思います。)

 けれども、当然ですが沼正三氏が“にちゃんねる”で活動してIDを真っ赤に染めていると言っている訳ではありません。ネットなど存在しなかった昭和20~30年代、奇譚クラブの誌上で、今であれば“ID真っ赤”と評されたであろう行為を氏が繰り返している様に見受けられるという意味です。

 私の経験則からですがMの傾向として大きく2種類あり、自分が主と認定した人以外にはチョッとした事でも攻撃的に成る人と、誰彼構わず被虐的な傾向を示す人が居る様に思います。仮に前者を忠犬タイプ、後者を洋犬タイプ、としてみます。
※洋犬と言えども肉食ですから相手によっては牙を剥くのですが、忠犬ハチ公の様に主人以外の命令を絶対聞かないタイプと、誰彼構わず命令を聞いてしまう洋犬という対比です。(もっと適した言葉を思いつけばよいのですが、残念ながら浮かんで来ませんでした)

 そうやって別けてみますと、沼正三氏は明らかに忠犬タイプであって、彼が崇拝する白人女性が絶対神であり、それ以外は下等な種族と認定しチョッとした事でも攻撃的に成る様に感じます。例えるなら家畜人ヤプーに登場するポーリーンの愛犬タロの様な存在です。飼犬ではなく愛犬としているところに彼の思い入れがありそうです。
 つまり、自分は法曹界の上位に居る人間であって黄色人種に絶対文句は言わせない自分がジャッジを下す立場だという意気込みの様な執念の様なものを感じます。法律は白人から有り難く拝領した絶対的な物であって、それを少しでも乱す黄色人種は俺が許さないぞという訳です。
 逆に、白人女性に対しては絶対神を崇めるかの様に無条件降伏で、たとえ理性では間違いだと理解していてもM心を擽られて有り難く拝領してしまう、そんな人物像が浮かんできました。
 時々起きる論争では、自分はマゾヒストの大家であって、黄色人種からマゾヒズムに関する事で絶対文句は言わせないぞ!マゾヒズムとは何かは白人が決める事で、それを俺が翻訳し代弁しているんだ!という勢いを感じます。実際に必ずと言って良いほど西洋の書物を持ち出してきて、ここにこう書いてあるから、これが正しいのだという理論展開をしています。

 と、ちょっと言い過ぎかもしれませんし、氏が生きていたら私も即攻撃対象にされそうですが・・・

 彼の祖父は、とある華族のお抱え車夫(人力車の車夫)をしていた様で、隷属的な家系であり、仕える相手は高貴な方という血筋を祖父から度々幼少期に聞かされており、その血の宿命的なものが彼に鮮烈に残っていたのではないかと思われます。彼の祖父は人間扱いされず家畜的(つまり馬車馬的)な扱いを受ける事を是とし(但し、本人にはそういった自覚が無かった)、仕えていた華族夫人が妊娠した際には排尿を尿瓶で受けて、その尿瓶を持って夫人を乗せた人力車を夫人の行く先々に走らせていた事などが沼正三氏が小説を書く以前の初期(昭和20年代後半)の奇譚クラブに書かれており、まさに家畜人ヤプーの世界観を彼の祖父は地で行っていた事に成ります。彼の白人崇拝は二次大戦の結果として自分の祖父が仕えていた華族が平民へと降下された事への代償行為ではないでしょうか?つまり自分は高貴な方に仕える血筋の筈だから、平民では駄目、敗者も駄目、勝者たる白人の令嬢に仕えるのが自分の使命だと・・・

 こういった忠犬的なMを自分の支配下に置く事はS側の立場では中々気分の良いもので、それを制御し得ている時はとても楽しいのですが、何かをキッカケとして、いわゆる飼い犬に噛まれる状態に発展してしまった時は悲惨です。例えば沼氏の白人崇拝が解けて右寄りに思想転換した場合を想像すると飼い犬に噛まれる白人の様子が容易に理解出来ると思います。逆に洋犬的なMは誰彼構わず尻尾を振って付いてゆく点で鎖が必要であり能動的な事は余り期待出来ませんが、鎖さえ付けていれば手元に置いておくのが容易で、恐らく洋犬的なMから意図して(事故ではなく)噛まれる危険性は殆ど無いと思います。

 とにかく、いつも通り脳内垂れ流しの書きかけです。保存するとデフォルトで公開してしまう設定ですから御容赦下さい。設定変更が面倒とも言えます・・・

以下に、沼正三氏がID真っ赤にしている奇譚クラブを一覧化してみます。

女性がズボンを穿く行為はサディスティックかマゾヒスティックか
※沼氏が吾妻氏に噛み付き、それが発端となって炎上した。
※論点はいつの間にかズボンorスラックスに挿げ替えられている。
※最終回答で沼氏は「武器は他にも有る」と言って他の攻撃手段を匂わせ執拗な執念が伺える。
※編集部より論争打ち切りのコメントが付されているが上記の「他の武器」までは抑止/牽制できていない。
通刊053号 07巻03号 昭和28年(1953)03月号 P020 吾妻新 サディズムの精髄
通刊057号 07巻07号 昭和28年(1953)07月号 P074 沼正三 あるマゾヒストの手帖から
通刊058号 07巻08号 昭和28年(1953)08月号 P132 吾妻新 女のズボンについて
通刊060号 07巻10号 昭和28年(1953)10月号 P070 沼正三 再びスラックスについて
通刊061号 07巻11号 昭和28年(1953)11月号 P150 吾妻新 女のズボン
通刊062号 07巻12号 昭和28年(1953)12月号 P186 沼正三 吾妻氏に最終的に答える

--書きかけ--
乗杉貴代子 ( ダイアナ夫人 ) の物語
 乗杉貴代子 と ダイアナ夫人 と言われてピンと来る人は奇譚クラブの読者であって、その中でも極限られたM男性の方ではないでしょうか?(このブログ記事では、そういったM男性を失望させる様な記述があるかもしれません。)私の様に2013年に成って初めて奇譚クラブを読み始めて彼女に注目した様な人はまず居ないのではないかと思います。

 ですから、それ以外の人にとっては全く縁の無い、といいますか乗り過ぎな名前のペンネームでもあり何者か全く判らないと思います。

 実際、このブログを書いている私(龍)本人も人物像が掴めていません。女性とされていますが男性の可能性も否定出来ません。但し、書かれている事は乗馬の実態をかなり正確に捉えておりますので、実際に乗馬をされている方が書いている可能性が高く、少なくとも取材目的で数回程度の体験乗馬は経験していると思われます。逆に言うと本格的に乗馬をしているという所までは到達していない様にも見受けられます。馬装や乗馬服なども実用面よりフェチ要素へのフォーカスが著しく、また、生活習慣は旧華族や資産家・大地主・医者等の家柄又はそういった人から支援を受けている方ではないかと思われますが、そういう設定で取材を重ね或いは小説や伝記などを読んで勉強などして書いている可能性も否定出来ません。

 一つの候補として沼正三の「ある夢想家の手帖から」に登場する英伊混血の当時在日していたとされるD.Q.夫人(ダイアナ夫人とイニシャルも一致)ではないかとも思っています。但しこの人物も架空の人物である可能性があり森下高茂による創作の可能性などが疑われており、私もその可能性又は森下高茂が生活を共にしていた金髪女性との合作ではないかと疑っています。

 なぜSの私がこの人物に注目したかと言いますと、同じ乗馬を趣味とし(少なくとも一般の人より興味が高いという意味で)、かつSM愛好家という共通項に加え、乗馬関連では実用面よりフェチ要素へのフォーカスが著しく、その異様な執着心に惹かれたのだと思います。

 私の知る限りでは奇譚クラブの昭和29年(1954年)1月号(通刊68号,8巻1号)で「サド女の處女期 ダイアナ夫人」というタイトルの乗馬を趣味とする活発な女性の物語が初投稿で、その後、同じ人物を描いた短編が幾度か掲載されている様です。

 と、昨日の『家畜人ヤプー』に引き続き脳内垂れ流しの長ったらしい前置きに成ってしまいましたが、家畜人ヤプーより3年前に最初の物語が掲載されておりますので少なからず影響を与えた可能性がありそうです。それを踏まえて早速、掲載号をまとめております。

奇譚クラブ本誌掲載『乗杉貴代子』の掲載号一覧と目次

通刊064号 08巻01号 昭和29年(1954)01月号 P130 サド女の處女期 ダイアナ夫人
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通刊068号 08巻05号 昭和29年(1954)05月号 P104 サド女の人妻期 ダイアナ夫人
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通刊100号 11巻10号 昭和32年(1957)11月号 P064 ダイアナ夫人 未亡人期(一)
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通刊101号 11巻11号 昭和32年(1957)12月号 P072 ダイアナ夫人 未亡人期(二)
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通刊107号 12巻06号 昭和33年(1958)05月号 P160 ダイアナ夫人 障碍への道
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通刊112号 12巻11号 昭和33年(1958)09月号 P118 裸馬との対話(沼正三に宛てた裸馬騎乗体験記)
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 この様に後半は家畜人ヤプーの掲載と重なる時期に掲載されており、何らかの関係や、同一人物の関与なども有ったのでは?と勘繰ってしまいます。

--エピソード--
掲載回数6回のうち2回(29年は表紙掲載タイトルが無い為、実質1/2)という超高確率で表紙を飾る快挙を遂げている事から彼女の注目度の高さが窺える。もしくは内部関係者の関与か?
 
家畜人ヤプー 掲載号のまとめ
とにかく、まとめてみます。

 私、自宅でメイドさん(アキバに居るメイドさんとは違って、本物のメイドさん)を雇っていた時期がありましたが、これがとても助かりました。こんな人が自宅に居たら私は自分でしたい事以外は何もしなくてよくなりますので仕事が忙しくても楽しくそれに集中する事が出来ました。趣味も同様です。乗馬と水泳が趣味ですが帰宅して疲れている時に片付いた部屋でゆったりストレッチなどが出来るのもメイドさんのお陰でした。

 結婚して妻をもつと何かと要求されたり不意に文句を言われたりしてストレスが溜まる事も有りますが、メイドさんなら給金の滞納でもないかぎりは文句を言われたり指図される事はなく帰宅してもストレスフリーで自分のしたい事だけを考えて過す事が出来ます。もちろん、そんな便利な奥さんならメイドも不要でしょうが・・・

 私がなぜこんな事を書いているかと言いますと、家畜人ヤプーの世界観は、こういった状況を男女逆にして強化し、そこにフォーカスした様な世界観だからです。

 もう一つの特徴は人種カースト制とでも言うべきものが描かれている事でしょう。人種差別というより人種カーストと言った方がより近いと思います。もしくは両者の特徴を合わせた感じでもあります。人種を理由に抑圧しているのではなく、そう在るべきものとして皆が受け入れ進んで従う様に教育され、そう思い込んでいる点でよりカーストに近いと思います。私は仕事でインドに滞在していた時期がありましたが、インドに滞在しますと今でもカースト制が残っている事を肌で感じます。インドのカーストは世襲制ですが、この枠を人種で固定した世界観です。もしくは カースト + アパルトヘイト と言えるかもしれません。

 そこで、男女や人種などを自分の好きなように変換しながら読めばS男性にも楽しく読めるのではないでしょうか?逆に、そういったイマジネーションを働かせる事が困難なS男性や右寄りの方には受け入れ難く読解困難な小説かもしれません。私はMの気持ちを知ろうとして読み始めましたが、それは無理でした。その代わりに立場や役割を逆転して読めば、とても楽しく読む事が出来ました。私自身、若干右寄りなんですが、それでも読破出来たのはイマジネーションのおかげだと思います。

 これらを踏まえて読んだ時、私が人力車に乗る事が好きな理由も納得されるでしょう。特に女性の牽く人力車に乗って古都を散策する時の気分は、なかなか良いものです(とは言え、くれぐれも車夫/車婦?に対して高圧的な態度で接しないで下さいね。相手は異なる世界観で仕事をしていますので・・・)。ところで読まれた方なら御理解頂けるとは思いますが、私の人力車での楽しみは車夫との会話や景色などではありません。人力車での私の楽しみが最高潮に達するのは人力車の通行が困難な登り坂を女性の車夫が必死に汗を流して牽いている姿を、風を受けて涼みながら汗一つ掻かずに後ろから眺める瞬間であり、登り切った後に見せる車夫の達成感や笑顔や乗り手の私に対する御礼の言葉などです。ぞくぞくしてきますね。そんな女性を我が家に普段から待機させて近所の移動には常に人力車を使いたいと思うくらいです。

 加えて、この物語はSFでもありますが、それは恐らく物語を展開しやすくする為であってSFが目的ではないと思います。SFは作者の非現実的な妄想を小説化する上での単なるツールであったのではないか?と思います。

 さて、掲載号をまとめるだけのつもりが、こんなにも長い前置きを書いてしまいました。以下では「花と蛇」の発表から遡る6年も前の発禁処分を受けて後に復刊してまもない頃の、言論を抑圧されていた頃を彷彿とさせる時期にスタートした「家畜人ヤプー」の掲載号をまとめております。

奇譚クラブ本誌掲載『家畜人ヤプー』の一覧と目次

--この様に白表紙時代に登場した小説です--
※前半12章までは一度に複数の章を掲載しています。

通刊第090号第10巻第08号昭和31年(1956)12月号 P124 第01章 空飛ぶ円盤の墜落
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通刊第091号第11巻第01号昭和32年(1957)01月号 P092 第04章 天馬代謝蛔虫(ペガサスポンプむし)
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通刊第092号第11巻第02号昭和32年(1957)02月号 P072 第07章 標準型肉便器(スタンダード・ストウーラー)
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通刊第093号第11巻第03号昭和32年(1957)03月号 P096 第08章 起立号令
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通刊第094号第11巻第04号昭和32年(1957)04月号 P142 第11章 矮人決斗(ピグミーデュエル)
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通刊第095号第11巻第05号昭和32年(1957)06月号 P102 第13章 水晶宮の上階と地階で
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通刊第096号第11巻第06号昭和32年(1957)07月号 P102 第14章 再会
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通刊第097号第11巻第07号昭和32年(1957)08月号 P062 第15章 二つの手術
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通刊第098号第11巻第08号昭和32年(1957)09月号 P080 第16章 海辺のドリス
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通刊第099号第11巻第09号昭和32年(1957)10月号 P066 第17章 夜明けの予備檻で
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通刊第100号第11巻第10号昭和32年(1957)11月号 P154 第18章 畜舎のドリス
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通刊第101号第11巻第11号昭和32年(1957)12月号 P056 第19章 神々の起床
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通刊第102号第12巻第01号昭和33年(1958)01月号 P150 第20章 ソーマ・パーティ迄
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通刊第104号第12巻第03号昭和33年(1958)02月号 P042 第21章 パーティでの出来事
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通刊第105号第12巻第04号昭和33年(1958)03月号 P042 第22章 蓄籍登録
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通刊第106号第12巻第05号昭和33年(1958)04月号 P052 第23章 蓄人洗礼儀式
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通刊第109号第12巻第08号昭和33年(1958)07月号 P164 沼正三だより乗杉貴代子への賛辞など)
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--中断後の再開(再開後は別人とも言われている)--
通刊第119号第13巻第03号昭和34年(1959)02月号 P050 前章迄の概略
通刊第119号第13巻第03号昭和34年(1959)02月号 P052 第24章 竜巻号飛ぶ
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通刊第120号第13巻第04号昭和34年(1959)03月号 P060 第25章 長椅子の上と下
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通刊第121号第13巻第05号昭和34年(1959)04月号 P060 第26章 高天原諸景
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通刊第123号第13巻第07号昭和34年(1959)05月号 P082 第27章 遊仙窟で
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通刊第124号第13巻第08号昭和34年(1959)06月号 P080 第28章 狩獵場へ
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通刊第128号第13巻第12号昭和34年(1959)09月号 P116 中絶お詫びのご挨拶
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--エピソード--
※第16章 昭和32年(1957)09月号には目次の誤植でP60とされているが実際はP80。
昭和33年(1958)07月号 P164 にてS女性が乗馬する際の心理を書いた乗杉嬢への賛辞など。
※第26章 昭和32年(1959)04月号には誤植で第二章と書かれている。
昭和34年(1959)09月号 P116 にて中断した理由や裏事情などが語られている。

中断後の再開(或いは22章以降)で作者が交代したのではないかとされる説が流布しています。確かにそうかもしれませんが、昭和34年(1959)09月号 P116 にある「中絶お詫びのご挨拶」を読むと、そうとも限らない様子が伝わってきます。つまり、発禁を恐れた編集部の添削に対する葛藤などが書かれていて沼正三氏による原作は編集部によって大幅に削除・添削されており、その特異性が良く伝わってくると同時に、後半の作者は沼正三氏というより沼正三氏の原作を元にした編集部の作とも言えそうです。もっとも、これはこの作品に限った事ではなく他のあらゆる小説・漫画・アニメ・映画などなど全ての作品に大なり小なり編集部やスポンサーなどの意向が反映され各種団体による規制が入るのが常ではありますが・・・
天星社への送金票
奇譚クラブの通信販売用に月刊本誌に添付されていた送金票です。

なぜ、こんな物をブログに掲載するのか?といえば、ブログネタが無くなってきたから・・・と言うのは嘘です。実は夏風邪?でダウン中です。喉が痛いです。だるいです。

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風邪と送金票が何故関係しているか?と言えば、無関係です。ちょっと普段と違う気分で暴走気味なので貼ってしまったのでしょう。

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こんな時間に起きているのは、昼間ダウンして寝てたので夜寝付けなくなってしまったという訳です。
えっ?いつもの事?
いえいえ、普段は超早起きなのです。

ついでに、こちらは奇譚クラブと直接関係は無いのですが、中古で入手した奇譚クラブに挿んであった他の雑誌の切り抜きです。つまり、前の持ち主が気に入って切り抜いて、それを“しおり”に代用していたのでしょう。その証拠に、この画像の上部には2~3cmの余白が残されておりました。
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SMとは全く無縁の普通のビキニ(たぶん当時としては)ですが時代を感じさせてくれます。1966年の奇譚クラブに挿んでありましたので、その頃の最新ビキニでしょう。たぶんお尻の肉がハミ出ているのを写したのではないか?と思いますが、それよりなにより気に成るのは、やはり当時の女性の体格が一つのポイントです。

最近の女性は神経質な程にダイエットなど努力をされてファッションモデル並みの体形の女性が多いのですが、当時はこのくらいの体形でもビキニを撮影され雑誌に掲載されて切り抜かれてしまっていた訳です。
※本人達(最近の女性)は気付いていないところが厄介ですが、そろそろ健康商材という名の不健康商材の販促に騙されている事に気付くべきですね。

私の主観でもデブは嫌ですが、このくらいのぽっちゃりは大好きです。貧乳スレンダーも大好きでは有りますが、このくらいの肉付きが自然な女性の体格なのでは?とも思います。

その境界線は私には判りませんし、定量的に何かを測るとしても平均値とか死亡率との因果関係から最も健康的な体形を求めるとかの統計的な話であって、本能的に、自然な女性の有り方って、どうなんだろう?という意味では、直感的なものを重視してみるのも良いんじゃないかとも・・・あれれ、やっぱり風邪引いて頭が回ってないのか?ウエストがそれなりに括れている事も境界線の指針になるかもしれません。この写真は少し括れているので私の基準ではOKです。もっと言えば、多少のデブも後背位であれば御尻のラインが結構良く見えます。後背位は人間がサルだった時代から行われていた最も自然な交尾スタイルですから当然なのかもしれませんが、体重200Kgとかの極端なデブでもない限り後背位なら結構欲情できるのではないかと思います。後背位であれば顔も胸も腹も見えませんので、欲情の対象は専らこの姿勢でのヒップラインという事に成りますので・・・

それと、デブは短命ですが、少し脂肪が乗っていた方がスレンダーよりは若干長生きらしいです。特に手術や大怪我や大病した時に、脂肪の有無が生命維持に大きく関与するらしいです。私自身、交通事故で大怪我した時は体重が30Kg程落ちましたが、これがもし事故前に痩せていたら手術に耐えるだけの体力が無かったかもしれないと医者に言われました。食事を栄養源とする場合は消化吸収の長いプロセスが必要ですが、体内にある自分自身の脂肪や筋肉を分解してエネルギー源にする事は、そういったプロセスを省略出来る様です。

さて話を戻しまして、若干肉付きの良い体格の子に、少し小さめのワンサイズ~ツーサイズ小さい水着を強引に着せて、拘束感を演出するっていうソフトなボンデージも楽しいかもしれません。更に剃毛&クロッチ除去してプールにでも連れて行ったら楽しめそうです。といいますか、普通のホテルでそういった事を実際に試してみた事がありまして、1サイズ小さい競泳水着のクロッチを除去して強引に着せて中々楽しめました。更に首輪もしてあげると中々効果的です。そして更にブレスレットやアンクレットと称して細めの拘束具を手首足首に取り付けてゆけば中々です。そのままプールに入るのは監視員に叱られそうですが、プールサイドで涼む程度なら誰も文句を言えないでしょう。

と、気付くとタイトルから脱線して暴走してしまいました・・・
花と蛇 特集
 昭和37年(1962)8月の奇譚クラブ月刊本誌に初掲載されて以降、9年間に及ぶ異例の長期連載を続けた小説『花と蛇』ですが、奇譚クラブの臨時増刊号として、これ程多くの特集号を出した小説は無いと思います。
 (私自身は、このブログ記事を書くにあたって初めて読み始めました。)

 最終的には830ページを超えるぶ厚い辞書並みの厚さに挿絵無しで文字がギッシリ詰った増刊号まで登場しています。

 奇譚クラブ誌上で、この小説と双璧を成す『家畜人ヤプー』の特集号が出なかった事が対照的です。私自身Sでありながら『家畜人ヤプー』は以前に読んだ事が有ります・・・理由はMの気持ちを知りたかったからで、読み始めてからどっぷりはまってしまいましたが、右翼団体が反対していた事も納得です。私自身は若干右寄りじゃないかと思いますので、その部分は心理的に抵抗が有りました。しかし、それを乗り越えても先を読み進めて見たい衝動に駆られたのも確かです・・・と、横道にそれてしまいましたが今回は『花と蛇』特集についてですから、本題に戻します。


奇譚クラブ臨時増刊号『花と蛇』特集の一覧と目次
目次を見ると判りますが、毎号の章立てが異なります。
奇譚クラブを題していますが、事実上の『花と蛇』単行本と言える内容である事は目次を見て直に判ると思います。

昭和39年(1964)6月臨時増刊号(懐かしき奇譚クラブより)
※前編15章(発端~結末)
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昭和41年(1966)12月臨時増刊号(懐かしき奇譚クラブより)
※続編23章(密室の秘密ショー~羞恥図会の展開)
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昭和43年(1968)1月臨時増刊号(龍の蔵書より)
※前編15章+続編23章
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昭和44年(1969)5月臨時増刊号(懐かしき奇譚クラブより)
※美女を狙う狼達+新展開(続編後半)27章(清純な令嬢の屈服~結末なき責めの結末)
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※この号では、続編の途中を第1章として再構成しているため、月刊本誌には無い章が4ページほど加筆挿入されています。

昭和45年(1970)8月臨時増刊号(龍の蔵書より)
※前編15章+続編23章+続編後半27章+続編加筆9章、合計74章
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挿絵を挿まず文章のみで832ページもあり、3センチ6ミリのぶ厚い本です。
定価1000円でした。
当時の1000円は消費者物価指数換算で現在の3100円+消費税ですから、なかなかの値段です。
文庫本ではなく、奇譚クラブの臨時増刊号として小説を出版しているところが特徴的とも言えます。


奇譚クラブ月刊本誌掲載『花と蛇』の連載号一覧と目次

こちらは月刊誌に記載された初掲載・初版を見る事が出来ます。読み比べると後に細かな修正が入っている事に気付くでしょう。

--- 花巻京太郎(団鬼六の当初のペンネーム)時代 ---
通刊第168号第16巻第08号昭和37年(1962)8/9月合併号 P156 発端(当時のタイトルは『創作 花と蛇』)
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通刊第170号第16巻第10号昭和37年(1962)11月号 P060 第02章 恐ろしい陥穽(目次に誤植あり『と蛇』)
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通刊第171号第16巻第11号昭和37年(1962)12月号 P100 第03章 美人探偵登場(目次同上、落花粉々~浣腸地獄図)
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--- 団鬼六に改名後 ---

通刊第178号第17巻第07号昭和38年(1963)07月号 P106 第04章 華麗な浣腸図(浣腸強制~屈伏)
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通刊第179号第17巻第08号昭和38年(1963)08月号 P102 第05章 救援者来たる(羞恥地獄~救援者)
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以後、量が多い為、画像は割愛させて頂きます。

通刊第182号第17巻第11号昭和38年(1963)11月号 P096 第06章 救援の失敗(逆転~嬲りもの)
通刊第184号第17巻第13号昭和38年(1963)12月号 P088 第07章 餓狼への好餌(京子の屈伏~淫獣の餌)
通刊第186号第18巻第02号昭和39年(1964)02月号 P146 第08章 悪魔の哄笑(毒牙は迫る~遂に美津子も)
通刊第187号第18巻第03号昭和39年(1964)03月号 P162 第09章 恐怖の地下室(悪鬼の饗宴~美津子のおとり)
通刊第188号第18巻第04号昭和39年(1964)04月号 P158 第10章 翻弄される美女(屈辱と羞恥の極~身代りにたつ夫人)
通刊第189号第18巻第05号昭和39年(1964)05月号 P150 第11章 淫蛇の執念(裸踊り~屈辱の挨拶)
通刊第190号第18巻第06号昭和39年(1964)06月号 P186 第12章 美姉妹危し(屈辱の猿ぐつわ~浣腸競演)
通刊第192号第18巻第08号昭和39年(1964)07月号 P142 第13章 色事調教師(遂に京子も~調教師来る)
通刊第193号第18巻第09号昭和39年(1964)08月号 P120 第14章 美津子受難(二人の美女~狂乱の美津子)
通刊第194号第18巻第10号昭和39年(1964)09月号 P194 第15章 結末/落花微塵(美津子の屈伏~スター誕生)
通刊第195号第18巻第11号昭和39年(1964)10月号 P066 鬼六談義「随筆」花と蛇(小説のモデルとなった話について)
---ここで一旦完結(後に前編とされ、続編が登場)---
通刊第196号第18巻第12号昭和39年(1964)11月号 P066 第16章(続編第01回)密室の秘密ショー(プロローグ~洗面器)
通刊第197号第18巻第13号昭和39年(1964)12月号 P158 第17章(続編第02回)脱走の失敗(美津子の脱走~美津子の覚悟)
通刊第198号第19巻第01号昭和40年(1965)01月号 P170 第18章(続編第03回)華やかな饗宴(悪魔の二次会~鬼女の計画)
通刊第199号第19巻第02号昭和40年(1965)02月号 P174 第19章(続編第04回)地獄屋敷へ新顔(新たな獲物~美少年)
通刊第200号第19巻第03号昭和40年(1965)03月号 P120 第20章(続編第05回)翻弄されるカップル(美少年と美少女~恐怖のニラメッコ)
通刊第201号第19巻第04号昭和40年(1965)04月号 P084 第21章(続編第06回)一千万円の身代金(正気づいた小夜子~嵐のあと)
通刊第202号第19巻第05号昭和40年(1965)05月号 P120 第22章(続編第07回)身代金奪取の失敗(小夜子の受難~美しいニューフェイス)
通刊第203号第19巻第06号昭和40年(1965)06月号 P154 第23章(続編第08回)涙の宣誓文(美女と木馬~嵐に立つ小夜子)
通刊第205号第19巻第08号昭和40年(1965)08月号 P178 鬼六談義 映画 花と蛇(映倫との戦いや妥協などが語られている
通刊第206号第19巻第09号昭和40年(1965)09月号 P090 第24章(続編第09回)運命の逆転劇(悪魔の相談~狂乱の静子夫人)
通刊第207号第19巻第10号昭和40年(1965)10月号 P166 第25章(続編第10回)奇妙な三々九度(鬼女の嬌声~地獄の花嫁)
通刊第208号第19巻第11号昭和40年(1965)11月号 P206 第26章(続編第11回)飼育される白い動物(美しき敗北者~白い指)
通刊第210号第20巻第01号昭和41年(1966)01月号 P184 第27章(続編第12回)悪魔と悪女の悪業(恐ろしい仕事~悪魔の寝室)
通刊第211号第20巻第02号昭和41年(1966)02月号 P138 鬼六談義 日本三文映画(SM映画の舞台裏に付いて語られている)
通刊第211号第20巻第02号昭和41年(1966)02月号 P178 第28章(続編第14回:誤植)屈辱の地獄図絵(猫とねずみ~侵入者)
通刊第212号第20巻第03号昭和41年(1966)03月号 P170 第29章(続編第15回)逃走の恐怖と失敗の結末(風前の灯~勝利に酔う悪魔)
通刊第213号第20巻第04号昭和41年(1966)04月号 P160 第30章(続編第16回)悪鬼達の残忍な所業(朝の酒~ガラスの尻尾)
通刊第214号第20巻第05号昭和41年(1966)05月号 P108 第31章(続編第17回)落花無残の修羅場(若いコンビ~開幕準備)
通刊第215号第20巻第06号昭和41年(1966)06月号 P118 第32章(続編第18回)淫らな美女の調教(嵐のあと~美女合戦)
通刊第216号第20巻第07号昭和41年(1966)07月号 P152 第33章(続編第19回)すさまじいショーの展開(変身~舌と唇)

--書きかけ(花と蛇掲載号を全て抽出予定)--

通刊第285号第25巻第11号昭和46年(1971)11月号 P192 第93章(続編第79回)(姉妹無残~獣の部屋)
通刊第285号第25巻第11号昭和46年(1971)11月号 P237 「花と蛇」の完結を知って(山田正輝)

--エピソード--
※昭和39年(1964年)10月号 P66 鬼六談義にてモデルとなった実話らしきものが語られている。
※続編第3回の目次には団ではなく“團鬼六”と書いてある。
※続編第14回は誤植で実は13回であった為、それ以降の連載回数と章が1回/1章ズレている。
※続編第16回は目次の誤植でP175とされているが実際はP160。
※最終章翌月には贋作『花と蛇』、その更に翌々月からパロディ『花と蛇』連載スタート。著者は山光純。
※最終章翌月「花と蛇」の終焉を知って(千草忠夫)
乗馬服姿に対する崇拝
乗馬服姿に対するフェティシズムの一種。

 乗馬服といっても多種多様ですが、馬術競技毎に厳格なドレスコードが有ります。

 SMにおける乗馬服姿に対するフェティシズムは、乗馬服が元々男性向けの服装スタイルである事から男性的な強さの象徴

戦前は女性(特に上流階級の淑女)が大股を開いて乗り物に跨る事は破廉恥とされていた時代でもあり、女性が馬に跨る事自体が少なかったと思われます。アマゾンスタイルという両足を揃えて横乗りする騎乗スタイルが女性向けとされ正式なドレスコードはロングドレスであり、従って女性がドレスではない乗馬服を着た場合、それは元々男性の服装スタイルという事に成り、男性と同じ土俵で競技に参加する事を意味します。

であり、また鞭や拍車(はくしゃ)を装備している事から調教を連想させ、女王様/ミストレスを崇めるM男の構図などがそのまま当てはまりますが、公衆の面前で拍車を装着し鞭を手にしていたとしても戦前は普通の見慣れた光景であったし、戦後においても馬術関連施設とその周辺地域であれば(鞭を携帯せず、かつ、小型の棒拍程度であれば日本中何処でも)パブリックスペースにおいて違和感無く存在出来る点でボンデージ姿の女王様とは大きく異なる。

 乗馬をあまり見掛けなくなった現代においても、乗馬クラブや馬術競技会会場及び会場周辺レストラン等では普通に見掛ける光景であり、その姿のまま長靴で踏みつけ、拍車を突き刺し、鞭を当てるといったSM行為が即時実行可能であり、そこから想像を膨らませる事でフェティシズムに文字通り拍車を掛けるであろう事が容易に想像出来る。

ブリティッシュ/イングリッシュ スタイルの乗馬服姿
 ドレッサージュの公式な場での乗馬服は、基本的には燕尾服にトップハット(シルクハット)と皮手袋で、女性も燕尾服ですが、パンツ(ズボン)は現代(特に女性の場合)は動き易さを重視したスパッツに近い足腰の形にぴったりフィットした伸縮性の高いキュロット・パンツで内股に皮製のパットがあてられ、履物は長靴に小型でスマートな拍車で、鞭を携帯します。これ以外に競技会等において許される服装は自国の正式な軍服、又は下位クラスのみ乗蘭(ジャケット)と山高帽(bowler hat)又は猟騎帽(hunting cap)も許されているクラスが有ります。

 ジャンプの公式な場での乗馬服はドレッサージュに準じる訳ですが、燕尾ではなく乗蘭(ジャケット)、シルクハットではなく猟騎帽(ヘルメット)が使われています。普段の練習においてはジャケット及びシャツ以外は基本的に同じ服装で、野外騎乗や狩猟も同様ですが狩猟に際しては狩猟に特化した特殊な装備もあり、役割によってジャケットの色が決められていたりします。

ウエスタン スタイルの乗馬服姿
 ウエスタン競技の公式な場での乗馬服は、ウエスタンブーツに大きな回転式の拍車、ジーンズ、チャップス、襟付きシャツ、テンガロンハットが基本で、日本国内では西部劇などで目にする姿ですが、国内でも馬術競技会では実物を目にする事が出来ます。競技のルールとしてこれらの着衣が義務付けられており、競技中にテンガロンハットを落とすと減点などの厳しい採点ルールが有ります。ウエスタン競技の特徴の一つとして牧畜作業を基本としている為に手を封じてしまう鞭は基本的には持ちませんが、バレルレースの様なスピード競技では使われる事も有り、また、牛追い系の競技においては捕縛用のロープを手にす事があります。ウエスタン乗馬服姿の女性を見る場合にフェチの対象と成り易いのは先の尖ったウエスタンブーツに大きな回転式の拍車や、チャップスの割れ目からのぞく大きな尻であろうと思います。それを強調するかの様にハイウエストでポケットが無くヒップラインを最大限強調した女性用ジーンズがアメリカ国内の乗馬洋品店で売られており、乗馬クラブや競技会場などで着衣姿を目にする事が出来ます。