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龍之巣
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白表紙時代の謎
 奇譚クラブを有名にし、かつ根強い人気を定着させた一つの出来事として、度重なる当局からの発禁処分にも関らず、出版社を変えるなどして発行し続けた勢い、活力、或いは執念の様なものに対する共感・賛同・賞賛の気持ちなどが有ったのではないでしょうか?

 発禁処分を受けた曙書房最後の奇譚クラブ
 昭和30年(1955)5月号(通刊第80号)『特大号』
 KK5505P01.jpgKK5505P06.jpg


その最たるものの一つとして、白表紙時代が挙げられます。

 この白表紙時代の本誌は、奥付け右側に記載されております通り、基本的に書店での店頭売りをしておりません。その為に客引きの為の目立った表紙カラー印刷(当時は印刷コストが馬鹿にならなかった)を廃し白表紙にしていたと思われます。この点に於いては限定版(通販限定の特集号)とも共通するポリシーが有る様に思われます。

厳密には、発禁処分を受けて天星社に鞍替えして最初の号

 昭和30年(1955)10月号:復刊第1号(通刊第81号)奥付
 KK5510P01.jpg
  から
 昭和34年(1959)9月号:復刊第48号奥付
 KK5909P01.jpg

までの4年間は一切の店頭販売を行わず』(と奥付け右側に書いてあります)。

 昭和34年(1959)10月号:復刊第49号奥付
 KK5910P01.jpg
  から
 昭和35年(1960)5月号:復刊第60号奥付
 KK6005P01.jpg

までの半年間は通販主体で白表紙のまま書店での店頭販売を徐々に再開し、翌月、

 昭和35年(1960)6月号:復刊第61号(通刊第141号)奥付
 KK6006P01.jpg

からは表紙をカラーに戻して通常の書店での店頭販売に戻している様です。

では、白表紙時代どうやって販売していたのでしょうか?

と言うのが今回の御題です。

 発禁処分を受けた際に、天星社に鞍替え(というか奇譚クラブを再出版する為に会社を新しく興している)した後は、社名も住所も異なりますから、今迄書店で購入していた方々は出版社への連絡手段さえ判らない状況であったのではないでしょうか?(但し白表紙の復刊第一号奥付左側に、曙書房への郵便物及び送金は全て天星社に届く旨記載が御座いますので、発禁や天星社への鞍替えを知らずに注文書を郵送しても購入出来たと思われます)

その中で想定される販売ルートとして、
1:既存の顧客に通信販売していた
2:時々臨時増刊号を店頭販売する事で販促につなげていた
3:口コミ


 の3つのルートが考えられますが、臨時増刊号の店頭販売は昭和33年(1958)1月まで行われていませんので、少なくとも白表紙時代の最初の2年間は既存顧客と口コミだけで販売していた可能性が有ります。逆に昭和33年(1958)1月以降は臨時増刊号を連発していますので、臨時増刊号(カラー表紙で店頭売りされていた)による本誌販促が期待以上の効果をあげていた可能性が有ります。

 他のルートとして想定されるのは一部の書店を通じての注文販売で、それまで店頭販売にて購読していた読者が、書店で奇譚クラブ本誌に付いての問い合わせをした際に、店頭には並べないが注文販売という形で店頭での受け渡しが行われた可能性があります。その根拠は雑誌コード(IBMナンバー)が復刊第3号から復活している事で、これにより出版社や住所が変わっても、雑誌の流通ルートを使って書店から注文する事が可能になっています。逆に言うと、出版社の社名と住所が変わったにも関らず同一の雑誌コード(IBMナンバー)を継承出来たのは出版業界での権利関係の引継ぎ問題や取次ぎ行為自体が復刊第3号の時点で解決していた事を意味し、かつ、雑誌の流通ルートを使う意図が天星社側にも有った事を意味していると思われます。もしそうでなければ雑誌コード(IBMナンバー)を復活して刻印する手間隙を掛ける意味がありません(無断で刻印していた可能性も有るのかもしれませんが、それをしてしまうと書店からIBMナンバーによる発注が有った際に問題が頻発して直ぐに発覚している筈です・・・)。
 しかし発行禁止処分を受けた(つまり、事実上の廃刊に追い込まれた)事の対策として別会社から同名の(しかし別の)雑誌として出版しているならまだしも、同じ雑誌として同一IBMナンバーで再出版する事が出来た事は異例であり、発行禁止を覆したとも言える訳ですから、その政治力と執念に関心するばかりです。
 ちなみに、奇譚クラブで雑誌コード(IBMナンバー)を最初に刻印して出版したのは発禁の僅か2号前に当たる昭和30年(1955)04月 通刊第79号ですから、示し合わせたかの様な予定調和の様なものを感じます。

 もう一つ、正規ルートとは言い難く当局の発禁処分を回避する為の方策として(全体に占める割合として、どの程度か判りませんが)天星社から古書店に新古本としての扱いで直接卸していたのではないか?とも云われております。但し、もしそれを主な販売ルートとしていたのであれば白表紙ではなくカラー表紙にしていたのではないか?という疑問が湧きますし、そもそも奥付には書店での販売は一切しませんとうたっている以上、その天星社が自ら(古)書店に卸すのか?という疑問もあります。昭和34年(1959)10月号以降の白表紙は書店に卸していた形跡が有りますので、その頃からは、そういった販売形態もとられていたのかもしれません。(その辺りをご存知の内部関係者の証言が有れば、もう少しハッキリしてくると思いますが・・・)

 一度、白表紙を入手すれば、そこから天星社の住所を手繰ってバックナンバーや予約注文をする事が出来ます。

 その為に振込用紙が白表紙時代に(昭和33年(1958)5月号で中止されるまで)は本誌に添付されていました。

 いづれにしろ、この白表紙時代4年半を乗り切って発行し続けた事が不思議なくらいに強力な意思(と伴に別の何か?)を感じます。凄いですね。
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